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過去に雑誌などに掲載されたレヴュー、インタヴュー、コラムなどから、比較的よく書けたもの、思い入れのあるものを見つくろって随時アーカイヴしていきま す。やり方はいまだに模索しているので、ある日ガラッと変わるかもしれません。
(2013/08)
MAX「Tacata'」
爆乳金「ダンシング乳房」

(左)SONIC GROOVE 2013/08/07(CD、配信)
(下)プラチナム・パスポート 2013/07/24(CD、配信)

この夏一番のシングルでしょう。沖縄の至宝MAXの3年ぶりの新曲は、イタリアのDJデュオ、タカブロのYouTube再生4億回を誇る大ヒット曲(邦題「タカタに夢中」)の日本語カヴァー。「ランバダ」や「マカレナ」を思い出す向きは多かろう。原曲はヨーロッパのクラブ・ヒットによくある “掛け声+シンプルなフレーズ反復” パターンで、曲名になっているTacata'はダンスする女性の腰の動きを形容した擬態語だそうだが、MAX版ではすべての人が生まれ持つ幸福のタネ的なものを意味しているようで、一種のメッセージ・ソングといえる。
そのメッセージ性に背骨を通しているのが、MAXらしい真顔のパフォーマンスだ。冒頭の “MAX is back!” に引っ張られたかのように日本語が訛ったまま進行するユニバーサル言語ぶり、突拍子もなさ満載のPVは、グリッター感と真摯さを絶妙の塩梅で兼ね備えた純情ギラリな3人のオリ〜ジナ〜リティ〜抜きには成立し得ない。“笑う門にはTacata” “Man and Woman いると Tacata” といった大喜利展開から “デタラメ並べてるんじゃなくて これが肝心要!” と自己言及して熱を下げないのが奇跡でなくて何であろうか。
“すべてに全力” が “わかってやってる” を超えて感動を生む、“ツッコミ高ボケ低” 時代への最後通牒。笑わせて踊らせて、胸を締めつけ涙ぐませさえする、2013年最強の刹那的幸福ソングと断言したい。
潔さでは一脈通じるものがある確信犯的バカポップス「ダンシング乳房」は、MAXの後で聴くと “愛の報・連・相” “恥部 恥部 乳房” などのシャレが艶笑落語っぽいというか、むしろトラディショナルなお色気歌謡的でイイカゲンは好い加減。性急なポルカのビートで呼吸もさせないおっぱい押しつけは、爆乳戦隊パイレンジャーから爆乳ヤンキーまで善悪を股にかけた手島優の爆乳一代記への “乳門編” に好適である。(CDジャーナル2013年9月号)
(2015/03)
マドンナ『レベル・ハート』

ユニバーサルミュージック・ジャパン 2015/03/11発売(CD)
1983年のデビュー以来、4ディケイドにわたって女王の座に君臨してきたマドンナは現代の偉人である。決して卓越したシンガーでもダンサーでもないが、知力と意志力がそれを補って余りある……というより、それこそが何よりも重要であることを証明し続けている。凡骨には及びもつかない凄味だ。
事前のリークも話題を集めた通算13枚目。プロデューサーにディプロ、アヴィーチー、カニエ・ウェスト、ソフィー、アリエル・レヒトシェイド、客演にニッキー・ミナージュ、ナズ、マイク・タイソン、チャンス・ザ・ラッパー……と多士済々のメンツが顔を揃えた長大な作品にもかかわらず、マドンナとしか言いようがない、猛烈にまとまりのあるアルバムになっているのが当然とはいえさすがだ。一貫性をもたらすエッセンスのひとつが、全曲にわたって展開される自己言及。三十余年のサバイバルを誇り、失った愛に傷つきながらも自らを鼓舞し、誇りを取り戻し、断じて前進をやめない。雄々しくかつ切ないその姿は、“レベル(反逆者)” であり、他者の “ハート” に耳を澄ませるという、彼女が併せ持つ二つの性質を体現している。
折々にどちらかに寄るその二面性を両方満たしているのが、このアルバムが傑作である理由だ。音楽性もそう。前作に引き続きEDMやダブステップを大幅に取り入れながら、ハウスやレゲエのビート、ピアノやギター、ストリングスなどのアコースティックな音色を生かして築き上げた、ユニークな “踊れて聴ける” サウンド。どんなに畏敬を集めようと、どんなに大金持ちになろうと、決して社会的弱者への共感を失わず、大事なときには素っ裸になれるアティテュードもだ。なればこそダンス・ミュージックの最先端にキャッチアップでき、新たな才能とも四つに組める。彼女が自らをポップ界の絶対女王たらしめる “レベル・ハート” に立ち返れる限り、老け込むのは当分先のことだろう。(CDジャーナル2015年4月号)
(2013/06)
Charisma.com(カリスマドットコム)

人目を気にして流行に振り回されたり、色気を使って男を転がしたり、涙を武器に同情を集めたり──そんな困った女たちを同性ならではの鋭い舌鋒で斬りまくるヒップホップユニット、カリスマドットコム。中学〜高校の同級生だったMCのいつかとDJのゴンチの二人組である。
「女子特有の言動が苦手で、ガッカリすることが多いんです。身近なら尚更。一緒に頑張ろうって言ってたのに、メンタルが崩れて男性に走ったり」(いつか)
「彼氏ができるとその人がすべてになってしまって、友達のわたしにまで“彼がこう言ってたよ”とか言い出したりね」(ゴンチ)
昼間は会社員として事務の仕事をこなしながら、職場や友人関係で抱いた違和感を心にメモしていく。そこから痛烈なDISソングが生まれる。
「ずるい武器を使って男性を転がす女性が評価されて、まじめに働いて上にもはっきりモノを言う女性には面倒な仕事が回ってくる。それが現実かもしれないけど、やっぱりおかしな話ですよ。それは女性だからこそ見えるし、言っていくべきかなと思って」(いつか)
口だけではない。ミニアルバム『アイ アイ シンドローム』を聴けば、リズム感のよさといい工夫を凝らした押韻といい、実力の高さは一目瞭然だ。いつかは堂々と「一番ほしいのは影響力です」と言う。
「わたしのまわりのかっこいいものが正当な評価を得ていない気がしてもどかしい。だから上を目指したいんです。そして、まだ多くの人に知られていない素敵なものを広めたい。会社で出世すれば、本当に優秀な人が誰かをみんなに教えてあげられますよね。それと同じです」(いつか)
そんな野望とエネルギーが滲み出るライブパフォーマンスも素晴らしい。見た目はかわいくておしゃれな女の子だが、いつかのキレのいい身のこなしは陶酔もの。同じダンス部出身とは思えないゴンチのナチュラルなダンスとの対照がまた最高である。
いつかを「男っぽいけどお母さんみたいなところもあって、女らしさもある」と形容するゴンチに「男も女もないよ」と呟くいつか。そうなんだ。性別を無視する気は毛頭ないけれど、女も男も同じ人間。そこを抜かしちゃ話にならない。
過激だ毒舌だと僕らは騒ぐが、彼女たちはフェアでありたいだけなんじゃないか。その前に「きれいごとを言うな」と立ちはだかる “現実”。要領よく適応する同性に反発しながら、正面から立ち向かってははね返され、何度でも立ち上がるいつかと、かたわらに寄り添い支えるゴンチ。美しい友情に胸を打たれて、二人の道行きからますます目が離せない。(月刊宝島2013年9月号)
(2014/12)
クリトリック・リス

ハゲのおっさんがパンツ一丁でステージに現れ、チープな自家製トラックを流しながら、彼女に浮気された男や貧乏バンドマンの彼女、焼きめしをおかずにごはんを食べる男などの物語を語る。というか叫ぶ。これは音楽なのか? 人情噺なのか? 戸惑いつつも、ユーモアとペーソス溢れる語り口に魅了されてしまう。
おっさんの名はスギム、またの名をクリトリック・リス。45歳。“下ネタのナポ
レオン” を名乗り、今夜もライヴハウスの暗闇で叫んでいる。汗だくになって全身を(かっこよく、ではないが)躍動させるひたむきなパフォーマンスと、大阪弁による独特の語り口調のおかげもあって、同じ話を何度聴いても面白い。
「もともと会社員だったんですけど、仕事のストレスで近所のバーに入り浸っとったんです。そこで9年前、お客同士4人でバンドやろうって話になって。クリトリック・リスはそのとき決めたバンド名なんです。僕は楽器ができへんからダンサー。ところが初ライヴの日に3人が来れなくなって、僕ひとりで出なあかんくなって。ヤケになってお酒飲んでパンイチで飛び出して、対バンの人から借りたリズムマシーンを鳴らしながらガナったんが始まりです」
36歳で初めて踏んだライヴハウスのステージ。苦しまぎれのパフォーマンスが思いのほか受けて「微妙な快感を覚えた」という。当時ミドリの後藤まりこに見初められたこともあって、徐々に活躍の場を増やしていった。トラック作りを勉強し、サビやコール&レスポンスを取り入れて曲の完成度も上げていく。東京や地方からもお呼びがかかるようになり、大きな舞台にも立った。そして2年前、42歳のときに、長く勤めた会社を辞めた。
「仕事には自信があったし、管理職にもなってた。辞める気は全然なかったんです。でも、福岡によく呼んでくれてたバンドの人がいたんですが、ガンを患って会うたびに痩せていくんです。それでもライヴをするんですよ。もう末期でまともに立たれへんのに。その姿を見てて、ずっとバンドをやりたいのに亡くなってしまうのは悔しいやろなって思ったら、僕はやろう思ったらなんぼでもやれるのに、言い訳して中途半端になってるのが申し訳なくなって、こっちの世界で悔いを残さずやるだけやってみようと。それで会社に “辞めます” 言うて。引き継ぎやなんやで2年かかりましたけど」
ムチャな(しかし好もしい)決断から2年。ライヴの数は増えたが、それだけで食えるほどではなく、サラリーマン時代の蓄えを切り崩しながら夫婦ふたりで生活している。「今は投資の時期やと思ってるんですけど、ほんまに回収していかんとあかん」と来年の構想を語る口調は物静かで、ステージ上のハイテンションとは対照的だ。
「“意外と普通ですね” ってほぼ毎回言われます(笑)。僕、パンツ一丁になるじゃないですか。そのときにたぶんすごいアドレナリンが出るんですよ。パンツ一丁で人前に出るって非日常的な感覚やから、そこで普段の自分から切り替えることができるんですよね。パンツ一丁でいる限りあのテンションでいけます。8時間ライヴってやったことあるんですけど、8時間あの調子でやれました(笑)」(月刊宝島2015年2月号)
(2014/09)
ベッド・インはエロいだけじゃない

CDが売れない、アナログが静かなブームだ、次はカセットだと地味に盛り上がっていた今年3月、いちばん時代はずれなメディアである8センチCDでデビューしたベッド・イン。“地下セクシーアイドル” を標榜する女性二人組だ。
合言葉は「貴方の心に、弾けないバブルを」。ボディコンスーツに身を包み、前髪を(彼女たちの表記に則れば)オッ勃てたケバいお姉さんだ。ライヴではジュリ扇を振りながら「わんばんこ〜」「みんなー、もっとオッ勃てちゃっていいんだよー」「シモのキタをザワザワさせちゃいなよ」などと下ネタと死語満載のMCで笑わせつつ、オリジナルに杉本彩「ゴージャス」や畑中葉子「後から前から」のカヴァーを交えて圧倒する。
ステージも楽しかったが、さらに印象的な光景が終演後に待っていた。水着姿で物販スペースに立つ二人に、バブル用語は古い雑誌やビデオを買い集めて学んだなどという話を聞いていたら、ひとりの女性が近づいてきた。「あの、一緒に写真撮ってください」「マンモスうれPです〜」。すると大人しそうな女性たちが列をなし始めたのだ。両頬をおっぱいで挟まれてカメラに納まりながら、みんな嬉しそうにニコニコしている。
ベッド・インは自ら楽しみながらスケベな男たちを喜ばせ、同時に、肌を露出したくても自信や度胸がなくてできない女性たちに勇気を与えているように見えた。明らかに “バブルごっこ” を楽しんでいる。ボディコンは着ぐるみならぬ “脱ぎぐるみ” なのだ。取材でそう話したら、案の定、二人は自覚的だった。「だらしないボディなんで」「そこに開き直って脱いでることに共感していただいてるのかもしれませんね」「みんなもどんどん出しちゃいなよ! マブいよ! ハクいよ!」と同性を鼓舞する、その声は力強かった。
好きなことをして、好きなように生きよう。肌の露出を “見る人”(男性)から “見せる人” に取り戻して、人生を楽しもう。痩せていても太っていても年をとっていても関係ない。生命を謳歌する姿そのものが美しいのだから──僕にはベッド・インのどぎつい自己演出が同性へのメッセージに見えて仕方がない。とても清々しく、大好きな二人なのだ。(月刊てりとりぃ2014年10月号)
(2013/01)
RHYMESTER

●震災、原発、風営法……問題が「染み込む感じ」
──一昨年の震災後に僕がいちばん話を聞きたかったミュージシャンがライムスターでした。当時は機会がなく、ついに叶ったので、時系列に沿って訊かせてください。まず震災直前に出たアルバム『POP LIFE』に収録された、苦しい時代に “でも、やるんだよ” と宣言する〈そしてまた歌い出す〉の意味がうんと重くなりましたよね。
宇多丸(以下、宇)「それは翌日に実感しましたね。ラジオの生放送(TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』)で最初にかけたんですけど、僕らの意図を遥かに超えてしまってるというか “これ自分たちが作ったの?” って驚くぐらい。ひとの曲でも、恋愛の歌なのにいま聴くと人の背中を押す歌詞に聞こえるとか。作品というものの幅というか底力というか、不思議さですね。受け取り方の幅が広がったということなのかもしれないですけど」
──斉藤和義さんの〈ずっとウソだった〉が話題になったとき、菊地成孔さんがこの曲よりも〈歩いて帰ろう〉のほうがグッとくると書いていました。“直喩と暗喩では暗喩の方が、意識と無意識では無意識の方がよく効く” と。
Mummy-D(以下、D)「それは絶対そうですね。震災後に〈そしてまた歌い出す〉みたいな曲は書けなかった。書いてたら、悪く言うと作為的になってたと思う。先に書いてたから結果的に効いたわけで」
宇「直後は “震災用の曲” みたいのってどうなんだ? っていうのもあったしね」
D「いわゆるチャリティ曲のあり方みたいなものもすげえ考えたんですよ。自分が被災者だとして、もしちょっとでも音楽に救われるとしたら、誂えられた曲では絶対にないなと。チャリティ曲はどっちかっていうと、被災してない人たちの意識をどう高めるかっていうところに意味があるんじゃないかと思いますね」
──震災後、最初の作品が2011年7月の『フラッシュバック、夏。』でした。当時の空気との距離を慎重に測った上での、あえての夏ソング集だった?
宇「今度のアルバムで歌ってる “震災以降の世界” みたいなことは、あの時点ではこのバランスでは……出したくなかったのかな」
DJ JIN(以下、JIN)「毎日状況が変わり続けてたから、それをテーマにするのは難しいですよね」
宇「日常に引き戻す作業だったのかな。すでに状況が非日常だったわけだから、正気を保つほうに軸足があったって感じじゃないですかね。ワーッて騒ぐより、落ち着こうよとか、普通の暮らしのなかに楽しみはあるじゃないかとか、そういうことを先に歌いたかったんだと思います」
D「『フラッシュバック、夏。』はもとからやろうって言ってた内容のものを、地震の後にいろいろ考えた結果、予定どおりやろうって出したものだから、まあ歌詞にも若干入ってきてはいるんですよね」
宇「染み込む感じはありましたね。関係ないことを歌ってるのに、震災後の日常であるということはもう変えられないっていう」
D「チャリティ曲に参加したりもしたので、これに関しては、とりあえず通常営業しないと始まんないだろ、みたいなとこだったかな」
宇「被災地でお店が営業を再開したとか聞くとホッとしたりするじゃないですか。店先に並ぶものは変わってるかもしれないけど、営みは続いてるみたいな。それに近かったかな」
── “染み込む感じ” っていうのは新作『ダーティーサイエンス』にもありますね。原発や風営法などのテーマが噛み砕かれて、表向き無関係な歌も含めてアルバムのあっちこっちに顔を出す。この重層的な構造もやはり偶然ですか? それとも意図したもの?
宇「『フラッシュバック〜』完成直後に始まった話し合いで〈The Choice Is Yours〉や〈It's A New Day〉のコンセプトは出てたんですね。〈ゆめのしま〉も含めて、震災以降を歌うとしたらこれだっていう柱みたいなものが立った。それ以外の曲に関しては、作ってるうちに否応なく染み込んでくるほうが、みんなの実感に近いんじゃないかと。クラブで騒ぐはずが風営法の話をしなきゃいけなかったり、飲んでバカ話するはずが放射能の心配が出てきたり。たぶん、個別の問題を声高に歌うのって、何かコトが起きる前であるべきなんですよ。原発危ないよ、ってそこで言うのは有効だろうけど、今それを歌っても“いや、わかってるから”って人が多いんじゃないか」
●メッセージソングにも誤解の余地があっていい
──僕、〈The Choice Is Yours〉は近年の日本でもっともすごいメッセージソングのひとつじゃないかと思っていて。いちばん言ってはいけないことを言っている曲なんですよ。
宇「ほう。言ってはいけないこと」
──つまり……。
宇「お前のせいだ、と(笑)」
──そう。例えばアイドルの残酷ショーにしても、煎じ詰めれば僕ら大衆が見たかったわけですよね。YoursはMineでもあるわけで、すごく勇気のある歌だと思ったんです。
宇「すんなり好評だったんで忘れてましたけど、出す前は “怒られるかも” と一瞬思いましたね、確かに」
──今はみんな不安だから “俺についてこい” って言ってくれる人を探してると思うんですよ。
D「絶対そうですよね」
──そこでライムスターは “俺についてくんな” って言ってるわけで(笑)。
D「そう。野暮かな〜と思ったんですよ。レベル(反逆)ミュージックでは旗色の鮮明さが重視されるし、私は○○党を支持します! とか、戦争反対! 原発反対! 右行け! 左行け! みたいな声の大きい人が求められてるときに、こんないわゆるロック的なメッセージでは全然ないものを出すんだなあ、僕たちは……って(笑)。自分でもモヤモヤしてたから、“言ってはいけないこと” って聞いて、あーそういうことかって思いました」
宇「だって、気持ちよく酔わせてあげるのがお歌とかお芝居の本来の役割なのに──それは素晴らしいことなんだけど──冷や水ぶっかけてシラフになれって言ってるようなもんですからね。でもこれがキャッチーなメロディに乗ったり、歌い出しのヴァース(“汚れたマネー 腐った官僚 腐った政治家に大企業”)が一聴、威勢がよかったりで、酔わせるために作ってる音楽と見紛う作りになってるのが(笑)、大人のバランスなんじゃないですかね。(Dに)そのものズバリの人いるでしょ」
D「いる。あの形骸化したワードたちを全部疑えって歌なのに、音楽に乗ってると “そうなんですよね” って思うみたい(笑)」
宇「でもそれはいいと思う。エンタテインメントだから、誤解の余地もあるのは全然ありっていうか。一見、普通のアクション映画として楽しめるけど、実は……とかさ、そんくらいがいいんじゃん?」
●ダメだの声に耳を貸さず楽しむことが大事
──しんどい時代を生きる30〜40代読者へのメッセージをお願いします。
宇「ジジイ連中はダメだダメだって言うけど、あんまりそう思わないことじゃないですかね。あれは過去の栄光を懐かしんでるだけで、バブルなんてハリボテでしかなかったし、俺らの世代は恩恵なんか受けてないし。むしろ身の丈が普通になっただけじゃねえのって。あと、この世代は例えば調べものにしても、本で調べてた時代のことも知ってるし、インターネットも使える。それは強みだと思う。ダメだダメだ言ってると本当にダメになっちゃいますよ」
D「たまに高校の友達とかに会うと、みんなすごく感覚が若くて、いいなあと思います。40歳になってから新しいことに挑戦したりするのって楽しいですよ。俺はもう何歳だから……みたいな考え方は置いといて、どんどん新しいことをやってほしいですね」
JIN「俺は今もクラブの現場でDJやってますけど、ライムスターのファン層と同様、若いのだけじゃなく大人も多いんですよ。仕事以外の遊び場をちゃんと確保してる。みんなイキイキしてて、若い子たちに慕われてますよ。クラブに限らないですけど、楽しめる場所があるといいですよね」(月刊宝島2013年4月号)
(2014/10)
電気グルーヴ

●普通はオヤジギャグ、我々の場合はリリック
──結成25周年おめでとうございます。記念ミニアルバムのタイトルが『25』と、2009年の『20』と同様、気持ちいいほどそのまんまですね。
卓球「出すつもりがなかったんです。去年『人間と動物』を出したんで、1年くらい出さなくてもいいかなと思ってたら、スタッフから“今年は25周年ですよ”って言われて」
瀧「『20』のときと同じですよ(笑)。前の年に『J-POP』『YELLOW』と2枚出して、これでいいかなぁと思ってたら “20周年なんですけど” って」
卓球「だから通常のアルバムよりちょっと力が抜けてるんです」
──〈電気グルーヴ25周年の歌(駅前で先に待っとるばい)〉は、5年前の〈電気グルーヴ20周年のうた〉と同じ作りになっていますが……。
卓球「これはもともとファンクラブの会報みたいなものなんです。電気グルーヴのファンクラブに入ると、会員証の代わりにCDが送られてくるんですよ。それを定期的にアップデートしていくんですけど、〈25周年の歌〉も〈20周年のうた〉もその曲なんです。同じメロディで恐らく10曲ぐらい作ってます。JASRACの登録上は別の曲だけど(笑)」
──僕がいちばん好きなのは〈Pan! Pan! Pan!〉で、ロックンロール調のリズムに乗ったナンセンスな押韻が気持ちいいです。“右はパン” “たむらパン” には笑いました。
卓球「“右はパン” ってわかります?」
──みぎわパン。80年代に『ガロ』などで活躍したマンガ家ですよね。
卓球「逆柱いみりの奥さん。わかったところで何の得にもならないけど(笑)」
──脳からダジャレが湧き出てくるに任せるみたいな感じなんでしょうか?
卓球「そういうのが好きなんですよ。あと、加齢とともにダジャレの頻度が高まってくるから。普通の会社員とかだとオヤジギャグとして一蹴されるダジャレが、我々の場合はリリックになるという」
瀧「“右はパン”って言っちゃったら、リズム的にそれ以上のものがない感じになるしね」
──電気グルーヴの曲はいつもはどんなふうに作っているんですか?
卓球「僕がベーシックなものを作って、デタラメな言葉で仮歌を入れて、それを瀧と二人で聴いて、テーマを決めて言葉を出し合っていく感じです。ひとりで書く場合もあるけど、今回は全部そのパターンですね。普通のバンドだったら絶対使わないような言葉がいっぱい入ってる、瀧のおもちゃ箱のなかから……」
瀧「使えそうなやつを出してきて、使えなかったりね(笑)。汚物箱みたいなもんです」
●ナンセンスとシリアスを往来する “三角食べ”
──近年は歌詞のナンセンスぶりがいっそう冴えてきている気がします。
卓球「一見無意味にも取れるし、そのままの意味に受け止められてもOKだし、深読みするとダブルミーニング的なものが見えてくる、みたいな歌詞がいちばんいいなと。歌詞のイメージがはっきりしすぎちゃうと、音楽が入ってこなくなるじゃないですか。そういうのが嫌いなんですよ」
──今回は乾いた方向に振り切った感がありますけど、〈Shangri-La〉や〈虹〉などエモーショナルな部分が出た曲もありますよね。卓球さんのヴォーカルも二枚目だし。そのへんはどう使い分けているんですか?
卓球「あまりどっちかに振り切れすぎないように、ですね。シリアスなものばっかりやってると、そうじゃないものをやりたくなるし。あんまりふざけたのばっかりだと、人が耳を貸してくれなくなるし(笑)。ずーっと嘘ついてるおじさんみたいで」
瀧「“三角食べ” みたいなもんですよね。あれ消化にいいとか言われてたけど、関係ないらしいですね。最近わかったことみたい」
卓球「じゃあコース料理はどうなんだって話ですもんね(笑)」
──面白い!と盛り上がったノリをそのままパッケージするような?
瀧「思いついたことを口に出してるだけですから。ダジャレですらない(笑)」
卓球「二人で出し合って “これはいい” っていうところに辿り着くのはだいたいそうですね」
瀧「あまりにもくだらない、クソの投げ合いみたいなものなんですけど、そのクソの投げ合いがテンポよくいくと “これはこれでいいんじゃねえか?” っていう」
卓球「最初はそういうのばっかりにしようと思ってたんですけど、レコード会社からちょっとあんまりだって言われて。この歌詞もよく通ったなと思いますよ」
──25周年の記念すべき歌で “スカトロ自撮り決定版” ですもんね。
卓球「“むかしスカトロ使ったことあるから絶対通る、大丈夫!” って。使ってんのかよ、前に(笑)」
瀧「スカトロだけど自分で撮ってんだからいいじゃん、って」
卓球「でも実は韻の部分はけっこう細かくやってるんですよ。例えば最後がAで終わる、みたいなのは絶対に揃えるとか、頭だけ揃えるとか。口の形をすごく大事にしてます」
瀧「盛りつけはきれいにね。クソだけど」
卓球「皿にこぼれた部分は拭いて出す(笑)」
瀧「最後はこう、ひねって……このほうが見栄えがいいよな、って。大人なんで」
●30代と40代で変わったウンコとの付き合い方
──ツアータイトルの “塗糞祭” も、こう言っちゃなんですけど、ひどいですね(笑)。
卓球「46歳と47歳ですよ、うちら。これまでもツアータイトルはひどいのが多かったんで、今回タイトルを決めるときに、今までのキャリアを感じました。ウンコネタも祭のレベルまで行ったなって(笑)」
瀧「行事としての」
卓球「神事としての」
──ツアータイトルにウンコが入るのは実は久しぶりで、1997年の “歌う糞尿インターネット攻略本” 以来なんですよね。
卓球「ここのところさすがに、あからさまにウンコってのもなんだなって。だから今回は、今までとは違ったアプローチを」
瀧「30代がいちばんウンコ使いづらいかもしれない」
卓球「30代ウンコ冬の時代(笑)。40代になると、そろそろいいかなーって」
──25周年で初心に返ったとか?
瀧「むしろ、初心から一歩も……」
卓球「進んでない」
──でも、ウンコを避けて歩いた時代もあったんでしょう。
瀧「クソに甘えたくなかったんです、30代は(笑)」
卓球「これじゃいけないって、クソとの距離を置いて」
瀧「あえてね。もう一度抱くときのために、クソを。そうするとまた大きさが実感できる」
卓球「20代に使いすぎたからな。ずっとウンコウンコ言ってると、それが使命になっちゃうじゃないですか。その反動で “たんぽぽツアー” とか “ツアーパンダ” と逆方向に行っていたので、久しぶりにハンドルを逆に切ってみようと」
瀧「ウンコは使いたいけど、背負えない。ずーっと使ってたら背負わなくちゃいけないから。ウンコに対して責任が出てきちゃう。一度あえて外すことによって、ウンコを背負わないっていうポジションに。でも使ってはいくよ、と」
卓球「ウンコとは対等な関係で」
瀧「これ以上使うとうちらウンコの傘下に入っちゃうって(笑)。バンドが一時セパレートしたりするでしょ、充電期間とか言って。あれと一緒ですよ。俺たちは俺たちでやっていくし、ウンコはウンコでやりたいことやっていって。で、40すぎたらまた集まる」
──ウンコと再結成(笑)。塗糞祭ではどんなことをやろうと思っていますか?
卓球「元メンバーのCMJKとまりん(砂原良徳)と、あとスチャダラパーにも全公演に出てもらいます」
瀧「四十路の珍なおっさんがいっぱい出てきますよ」
──去年 “ツアーパンダ” の東京公演(Zepp DiverCity)にお邪魔したんですが、 “観客が3人しかいなかった。しかもひとりは瀧さんの奥さん” とSNSに書く、というお遊びに見事に応えてふざけるお客さんに感服しました。
卓球「ほんとバカですよね、あれ信じるやつ。鵜呑みにしてしまうやつがあんなにいたのがちょっと恐ろしいですよ。 “電気グルーヴクラスでさえ客が3人。これが今の音楽業界の現実なのだ” とか。何言ってんだ、んなわけねえじゃん。ちょっと考えればわかるだろって。3人って言ってる人が3人以上いるんだから。瀧の死亡説を流したときは “人の死をおもちゃにするなんて” って、こいつそっちのけで盛り上がっちゃったりして(笑)」
●お互いカブる部分がない。それが長続きの秘訣
──25年間電気グルーヴをやっていて、お二人のお付き合いはもう30年以上になりますよね。それだけ長く友人関係とビジネス的なパートナーシップを両立させている人って少ないと思うんですが、長続きの秘訣は何でしょうか?
卓球「確実に言えるのは、お互いカブる部分がないこと。バンドとかだと縄張り争い的な部分って出てくるじゃないですか。それがまったくないから続いてるんだと思います。個人の活動も全然違うしね」
──各々のソロ活動で得たものを電気に持ち帰ってくるみたいな?
卓球「俺はどっちも音楽だから違うけど……瀧はどうなの?」
瀧「別の現場で見たことから掴むものもあるでしょうね。無意識のうちに身についたものとか、細かいところはわからないけど」
卓球「ライブで『アナ雪』の曲とか歌ってるじゃん」
瀧「むしろ別の現場で抱えたストレスをこっちのステージで発散するとか」
卓球「瀧はここがいちばん素だもんな」
瀧「粗暴の粗って感じもするけど……」
卓球「俺、瀧がいろんな現場に行ったときの悪口聞くの大好き(笑)」
瀧「“ちょっと聞いてくれよー” って」
卓球「“聞いてくれよ” って言うときはだいたい面白いんですよ。“よしよしよし、なんだなんだ? どうした?” って」
──瀧さんは去年『あまちゃん』には出るわ映画賞は取るわ、俳優としての評価がうなぎのぼりですね。僕も『凶悪』を見ましたけど、本当に怖かった。
卓球「こないだ飲み屋で、ある俳優の方に会ったんですよ。初対面だったんだけど、“瀧、現場でどうでした?” って訊いたら “なんかちょうど電気グルーヴのレコーディング中だったみたいで、すごいピリピリしてて……” って言ってて。“え、何? あいつそんなミュージシャンづらしてんの!?” って(笑)」
瀧「そうそう。ずっと五線譜睨んで」
卓球「タクトとか振って」
瀧「“後にしてくれるー?” って言って、羽根ペン持って “ジャジャジャジャーン” って」
卓球「カタカナで(笑)。でもさ、役者としておまえを知って、ライブ見てみようって来たとき、そのお客さんの目に映る俺って何なんだろうね」
瀧「“なんだろうあの人?” “お弟子さんかな?”」
卓球「ギャハハハ。“バンドさん” とか」(月刊宝島2014年12月号)
(2010/02)
『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 2010/01/27(DVD)
お涙頂戴の演出はない。リハーサルの様子と会場で流すために作られた映像を淡々と紡いでいくメイキング的な作りが、長くマイケルの舞台監督を務めたケニー・オルテガの思いの深さを逆説的に物語る。もともと記録用とはいえ、最期の映像がこうして残されてしまうこと自体が、20世紀最後の(あるいは史上最後の)スーパースターの宿命かもしれない。
ダンサー、バンド、裏方さん、だれひとりとして半端な関わり方をする者はいない。一流のプロが集まり、それぞれが全身全霊を傾けて最高の仕事を見せている。われわれの目に触れないところでこれだけの熱が費やされているのだ。もっとも、それはデンジャラス・ツアーでもヒストリー・ツアーでも同様だったはずだし、もっと言えばマドンナでもブリトニーやレディ・ガガでも大差ないわけで、娯楽の舞台裏を知る機会を数多くの人々に与えてくれたのはありがたいことである。
この映画を特別なものにしているのは、ひとえに芸人マイケルの凄味だ。ダンスも歌もセーブしてはいるものの、瞬間瞬間のキレと華は目を見張るほどで、とても50歳とは思えないし、直後に亡くなるほど体調が悪いようにも見えない。5歳からキャリアを積んだ “板の上” 育ちの真骨頂。「ここは少しじらすんだ」と言ってブレイクを入れる位置を変えさせたり、背後のスクリーンを見ずに別撮り映像との同期をさらりとこなすマイケル。妥協なき取り組みと卓越した “間” の感覚こそが、才能豊かな彼の、なかでも最強の武器であった。
見応えは充分。しかし「これだ(This is it)!」と言うことは俺にはできない。こんなにエネルギーと情熱と才能とお金を注ぎ込んで作り上げたショーが実現しなかったのだ。やらせてあげたかった。そして欲を言えば、本作を特典ディスクに追いやる極めつけのコンサート映画を見たかった。マイケルの動きとオーラが健在であればあるほど “本番” のない寂しさと無念が募る、うれしくも悲しい映画である。(CDジャーナル2010年3月号)
(2009/02)
『ディクシー・チックス シャラップ&シング』

ジェネオン エンタテインメント 2009/01/23(DVD)
「アメリカ大統領がテキサス出身なのが恥ずかしい」──2003年10月、ロンドン公演での “問題発言” からドキュメンタリーは始まる。よくぞ撮ってくれていた。さしもの名匠バーバラ・コップル監 督も、全身がヒリヒリするような興奮を覚えたのではないだろうか。巻き起こるバッシングの嵐。賛否に分かれたファンたち。3人の不安、恐怖、緊張。それでも手をとり合って立ち向かう雄姿。お互いへの感情の深さ。妻として、母親としての安らかなひととき。3年に及ぶ徹底した密着ぶりも、それに満額回答で応える3人の堂々たる率直さも、思いきりアメリカン。清々しさに一抹の苦みが混じった後味は『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』や『メタリカ:真実の瞬間』に通じる。(CDジャーナル2009年3月号)
(2013/12)
daoko『GRAVITY』

LOW HIGH WHO? PRODUCTIONS 2013/12/11(CD、配信)
10月に渋谷パルコ店頭で見たdaokoのライヴには唖然とした。決して本調子ではなかったが、夕刻の渋谷の街から光を吸い込み、音を遮断する巨大なエネルギーは体験したことのないものだった。僕の頭に浮かんだのは “磁力” という言葉。GRAVITYは “引力” だが感覚的には近く、初めてタイトルを耳にしたときはゾクッとした。Paranelが前作『Hyper Girl〜向こう側の女の子〜』のすぐ後に思いついた言葉だそうだが、本作のイメージが当時すでに彼らの頭の中にあったかと思うと再びゾクッとする。
m-floを始め、ESNO、狐火、STAR GUiTARらの作品に客演し、daokoは『Hyper Girl』の印象を裏切ることなく可憐な輝きを放ってきた(例外的にダークなのがCOASARU『変身』の2曲で、これは本作の予兆とも思える)。だからこそ本作で見せる暗い情念と毒と官能性は衝撃的に快い。♪処女と少女と娼婦に淑女、なんて歌があるが、女子とはそういうもの。慈母のように男子を見つめたり(「BOY」)、自分が渦中にある青春を俯瞰したり(「ずれてる」)、背伸びしたり(「oOoOo」)、ヤケッパチになったり(「ネガティブモンスター」)、想像の世界に遊んだり(「TWINS」)、でも最後の「試験一週間前」では「全部夢でした」と言わんばかりに普通の女子高生に戻っていく。抽象度を上げたリリックはつかみどころがなく、ゆえに蠱惑的で、ジャケットの眼差しそのままに引き込まれそうなヤバい魅力に満ちている。男子ふたりが囃し立てる「メギツネ feat. PAGE, GOMESS」にホッとするほどだ。
トラック的にはEeMuの「ISLAND」「GRAVITY」、COASARUの「ずれてる」「oOoOo」、DJ6月の「BOY」「TWINS」「浪漫非行」あたりが全体のトーンを決めている感がある。DJ6月の曲とESMEの「試験一週間前」はポップだが、どの曲も確固たるイメージを結ぶことはなく、ふわふわとした浮遊感で、表現の幅を広げたdaokoのラップと歌を彩っている。アーティストとして急速な進化を遂げ、女性としての美しさも増していくdaokoはまさしく末恐ろしい16歳。今後も見られるだけ見なくてはなるまい。(CDジャーナル2014年1月号)
(2014/06)
『少女は自転車にのって』

アルバトロス 2014/07/02(DVD)
体や髪を隠すヴェールは大嫌い、西洋の音楽も聴くし男の子とも遊ぶ。大人が変なことを言えば堂々と反論する。10歳の少女ワジダは、お転婆というよりむしろ筋を重んじる賢い子だ。イスラムの戒律で女性を縛りつけるサウジアラビアの社会では “出る杭” になってしまうその個性を発揮して、ワジダは周囲の大人を出し抜き、自ら道を拓いていく。切ない展開もあるけれど、最後にはさわやかな感動が待っている。サウジ初の女性監督ハイファ・アル=マンスールによる傑作。女性だけでなく男性にも見てほしい。(CDジャーナル2014年7月号)
(2013/12)
大森靖子

CDは聴いていたし、ライヴの噂も耳にしていたが、生で見たのは10月に渋谷のクラブWOMBで行われた「ササクレフェスティバル2013」が初めて。アコギ一本提げて現れ、「渋谷は “おまえの席ねえから” みたいな顔して、ちょっと名前が売れたら……」と軽く毒づいて “この街を歩く 才能が無かったから/あたし新宿が好き”(〈新宿〉)と歌った大森靖子は猛烈にかっこよかった。アウェイの客層に激越な弾き語りで斬り込んでいく姿は圧巻。一曲ごとにファンが増えていくのを実感した。
12月11日に発売された素晴らしい2ndアルバム『絶対少女』で、大森は「すべての女子を肯定したいと思いました」と言う。かつて「わたしを好きな人は好き、嫌い人は嫌い」と思っていたという彼女の変化には、どんなきっかけがあったのか。
「モーニング娘。の工藤遥ちゃんにインタビューしたとき、ババアって言われてイヤだったって話したら “うちのお母さんに比べたら全然大丈夫ですよ” みたいに言ってくれて、彼女が言うならそうだって(笑)。肯定されて救われたんです。アイドルの力だと思うんですけど、だったらわたしもそれになろうと。ライヴに来てくれる女の子には目標を持って頑張っている子が多いので」
自己肯定から他者の肯定へ。僕は素直に感動した。
「ブログの文章を面白がって雑誌連載を持たせてくれたり、アイドル好きが認められてハロー!プロジェクトと縁ができたり。ダメだと思っていたところがいいところになるんだってびっくりしました。みんなが作ってくれた感じですね」
僕が考える大森靖子の歌の魅力のひとつが、何げなく聴いていると唐突にキャッチーな言葉が飛び出してきてドキッとさせることだ。指原莉乃の名言の引用 “エッチだってしたのにふざけんな”(〈Over The Party〉)は好例だろう。
「びっくりさせたい欲が強いんです。弾き語りなんで、言葉で引っかけるしかないんですよ(笑)。電車で聞いた言葉や女子高生の会話をメモって、週刊誌の見出しみたいに面白い言葉をいつも考えています。口に出したい言葉もありますよね。“きゃりーぱみゅぱみゅ”(〈新宿〉)とか、“ゲリラ豪雨”(〈あまい〉)とか、“デニール”(〈Over〜〉)とか」
売れたいけれどCDを家で繰り返し聴かれるのはイヤ、と言うほど録音物を残すことに興味がない。だからこそ対照的なレコードマニアの直枝政広(カーネーション)に自らプロデュースを依頼した『絶対少女』は、バンドあり弾き語りあり、ポップあり前衛ありと、幅広いサウンドを誇る傑作になった。
「音楽の才能ないって思っていたんですけど、最近カヴァーをやるようになって、自分の曲のほうが覚えやすいっていうか、意外といいメロディ書いてるじゃんって思いました(笑)」
芸能/音楽事務所には所属せず、CDの発売も自分のレーベルから。ひとりで道を切り開きながら大森靖子が培ってきた力が、いよいよ世界を席巻するときがきた。(月刊宝島2014年2月号)
(2015/02)
『パリ、ただよう花』

TCエンタテインメント 2015/03/04(DVD)
『天安門、恋人たち』のロウ・イェ監督が、パリで出会ったエリート中国人留学生のホアと粗野な建設工マチューの熱情的な愛を描く。ふたりはひたすらセックスを重ねるが、ここでのセックスは言葉を易々と裏切り、むしろずっと正直で雄弁なコミュニケーションだ。流れに身を任せているだけに見えるホアの意思が見え始めるにつれ、中国人にとっての自由とは何かというテーマが重なってくる。コリン・ヤムの柳腰とタハール・ラヒムの野性が東洋と西洋(のなかの非西洋)をあざといほどに象徴して魅力的だ。(CDジャーナル2015年3月号)
(2015/04)
ケンドリック・ラマー『 トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』

ユニバーサルミュージック・ジャパン 2015/05/20(CD、配信)
現代ヒップホップ界最高の詩人ケンドリック・ラマー、待望のセカンド・アルバム。前作の成功によって生まれ育ったマッド・シティ=コンプトンを離れたグッド・キッドだが、16トラック80分にわたって展開する彼の新しい物語はさらに内省を深めている。哀しみや憂いをも湛えたそのトーンは彼の誠実さと知性の表れだと思うけれど、音楽的にはジャズ、ファンク、ブルース、スポークン・ワードと絢爛たる黒人音楽史絵巻のよう。ヒップホップの領域を拡大する傑作であることは間違いない。 その豊潤さはゲストやプロデューサーの名前だけでも十分に想像できるだろう。ジョージ・クリントン、ビラル、スヌープ・ドッグ、ロナルド・アイズリー、フライング・ロータス、ファレル・ウィリアムズ、ロバート・グラスパーなど。サンプル・ソースはアイズリー・ブラザーズからマイケル・ジャクソンもある。
「ウェスリーズ・セオリー feat. ジョージ・クリントン&サンダーキャット」ではウェズリー・スナイプスの脱税事件に材を求めて公権力による黒人男性への不公正を告発し、「キング・クンタ」ではアレックス・ヘイリーの小説『ルーツ』の主人公クンタ・キンテに自らをなぞらえて黒人史の捉え直しを訴え、「モータル・マン」ではフェラ・クティのビートをバックに故トゥパック・シャクールと架空の対話を行う。「あなたは葛藤を抱えていた」で始まる詩が繰り返し朗誦され、アルバム全体がトゥパックへの問いかけのようにも響く。自らの感情の奥の奥まで掘り進んで真実を掴もうとするケンドリックの想像力は、他者はもとより死者にも発揮される。
アメリカ一の犯罪都市出身の27歳の若者がこんなに思慮深くて音楽性豊かなアルバムを作り上げ、あまつさえチャートを制覇するほど受け入れられているという事実は、やっぱり感動的だ。マーヴィン・ゲイ、カーティス・メイフィールド、トゥパックやビギー、ジェイZやナズといった先達の預言が重なる。変化はなかなか訪れないが、希望の種は蒔かれ続けている。(CDジャーナル2015年5月号)
(2011/03)
『ソウル・パワー』

アップリンク 2011/03/04(DVD)
これで熱くならなきゃ嘘だ。モハメド・アリ対ジョージ・フォアマンの伝説の一戦に先駆けること6週間、ザイール(現・コンゴ民主共和国)の首都キンシャサで3日間に亘って行われた音楽フェス “ザイール74” の記録である。JB御大を筆頭に、B・B・キング、スピナーズ、セリア・クルース、ファニア・オールスターズらが乗り込み、フランコ、タブー・レイ、ミリアム・マケバらアフリカ勢とステージを共にした、もうひとつの “キンシャサの奇蹟”。『モハメド・アリ かけがえのない日々』(1996年)と一緒に見てほしい。あまりに輝かしい瞬間が多すぎて、あと1時間、いや2時間長くしてくんねーかな……と無茶のひとつも言いたくなる。アリのラップもビル・ウィザーズの考察もマヌ・ディバンゴと子供たちのセッションもシスター・スレッジの練習風景もいいが、最高なのはアリとフィリップ・ウィンのスパーリング。ジョークのはずなのに、帝王の目が笑っていない。(CDジャーナル2011年4月号)
(2009/03)
『THIS IS ENGLAND』

キングレコード 2009/12/09(DVD)
※レビュー執筆は劇場公開前
トゥーツ&ザ・メイタルズの札つきソング「54-46 ワズ・マイ・ナンバー」が鳴り響き、フォークランド紛争や数々の暴動やサッチャー&レーガンのニュース映像が流れるオープニングが、これから始まる物語のみごとなイントロになっている。『トゥエンティフォー・セブン』(1997年)、『家族のかたち』(2002年)のシェーン・メドウズ3本めの監督作は、自らの体験をもとにフォークランドで父親を亡くした11歳の少年の成長物語を描いたもの。2008年の英国アカデミー賞最優秀イギリス映画賞を受賞した。
時は1983年、舞台はサッチャー政権の規制緩和で切り捨てられたイングランド中部。職を失った若者たちはやり場のない憤懣を抱え、極右勢力に取り込まれていった。ショーンが出会ったのも、そんなスキンヘッズたちだ。ショーンが父のイメージを重ねて慕うコンボを筆頭に、みな人情豊かで無邪気で幼い。荒くれ右翼集団と十把ひとからげにされがちなスキンズだって、当然一枚岩じゃないし、各々やむにやまれぬ事情がある。終始ちぐはぐな行動をとり続けるコンボの性格描写は、黒人音楽を愛しながら移民排斥を訴えるスキンズの矛盾を鋭くも温かく突いている。可笑しくて、やがて哀しき愚かさよ。“こう運がなくっちゃ、いいやつだって悪党になっちまう” ──エンディングに流れるザ・スミスの「プリーズ・プリーズ」のカヴァーが切なすぎる。
学生時代に『マイ・ビューティフル・ランドレット』(1985年)を観たときは「イギリスは大変だな」と思ったけれど、いま本作をそんなのんきな気分で観ることはできない。格差社会、地方切り捨て、失業問題、外国人排斥。現在の日本と符合する点が多すぎる。おらが国がこんな状態になるのは絶対に避けなければならない。そうならないために何をするべきか。この映画が僕たちに考えさせてくれることはたくさんある。(CDジャーナル2009年4月号)
(2015/01)
MADOKA(たんこぶちん)

佐賀県唐津市で小学校6年のとき結成し、2013年、高校3年の夏にメジャーデビューしたたんこぶちん。僕はデビューシングル〈ドレミFUN LIFE〉で知った。AKB48などの作品で知られる成瀬英樹が書いたこの曲は明るくポップだが、オリジナル曲はハードでブルージーで、そのギャップに惹かれた。何度かライヴに足を運んでいるが、見るたびに演奏も立居振舞もこなれてきて、ギャップを埋める成長ぶりを見せてくれている。
「小5のときに初めて見たバンドが1コ上の先輩のガールズバンドだったんです。担任の先生にお願いしてみんなに声をかけたら12人くらい集まって、がんばれ! Victory(後にポニーキャニオンからデビュー)とたんこぶちんができました」
結成1カ月ほどでヤマハのコンテストにチャットモンチー〈バスロマンス〉のカヴァーで出場。「がんばれ! Victoryが優勝して九州ファイナルに行ったんです。それがすごく悔しくて、絶対ジャパンファイナル(全国大会)に行くと目標を立てて、毎年出てました」
そして2013年の大会で念願のファイナルに進出し、優秀賞を受賞。わずか半年後に “現役女子高生バンド” としてメジャーデビューした。
「激しい曲をよく演奏していたので、明るくてポップな〈ドレミFUN LIFE〉には正直、最初は抵抗がありました。今は大好きだし、デビュー曲が〈ドレミ〉でよかったなと思ってます。お客さんが喜んでくれるのはうれしいし、自分でも明るい曲を作れるようになりましたから」
新作『TANCOBUCHIN vol.2』は6曲入りのミニアルバム。〈ドレミ〉路線のポップな〈Alright!!〉で始まり、中島みゆきのカヴァー〈泣いてもいいんだよ〉までバリエーションは満点。とりわけ、MADOKA自作の切ないラブソング〈涙〉とブルージーな〈トゲササル〉は新たな貌を見せた感が強く、手応えばっちりだ。
「〈トゲササル〉は〈ドレミ〉でできたたんこぶちんのイメージをぶち壊したくて作りました。ライヴがうまくいかなかった時期に書いたので、歌詞も本音に近いですね。〈涙〉はプリンセス・プリンセスの〈M〉みたいな誰でも知ってる名曲を作りたいなと思って意識して作ってみました」
他のアーティストのライヴを見るのがいちばん刺激になるそうだが、最大の楽しみは自分たちのライヴ。「大好きだからすごく気分を左右されます。うまくいかないと落ち込んだり」と言う。「完璧にはできないけど、だからこそ更新できる。それが楽しいんです」
今年はライヴの回数を増やし、徹底的に鍛え抜く予定。来年の今ごろにはさらに大きく変貌しているはずで、今から楽しみだ。
「かっこよさを磨いていきたいです。“ポップでいいな” と思って入ってきてくれた人に、違う一面を見せてびっくりしてもらえるようになりたいですね」(月刊宝島2015年4月号)
(2014/02)
『ねえ興奮しちゃいやよ 昭和エロ歌謡全集 1928~32』

ぐらもくらぶ 2014/01/26(CD)
“エロ・グロ・ナンセンス” の時代と言われる昭和初期、1928(昭和3)年〜32(同7)年を彩ったエロ歌謡のコンピレーションが登場だ。「エロ小唄」「キッスOK」「エロ・オン・パレード」「尖端小唄」「銀座のバッドガール」「エロエロ行進曲」……と曲名だけで心が躍る。お色気ばかりではなく女性の社会進出から左翼思想まで、モガ&モボの最 “尖端” 風俗を活写した歌の数々は、どこまでも自由闊達でユーモラス、軽佻浮薄でエネルギッシュ。二村定一も淡谷のり子も躍動している。文献を読んだだけではピンとこない、当時の東京の “気分” を味わうにはもってこい。泡沫なればこそ貴重な超一級史料を、毛利眞人氏、もとい多摩均氏の素晴らしい解説とともに味わい尽くしたい。これらの歌が流行ったわずか数年後には、五・一五&二・二六事件と軍部の台頭、日中戦争の勃発で国家総動員体制に突き進んでいったという日本の近現代史に思いを馳せながら……。(CDジャーナル2014年3月号)
(2013/03)
Berryz工房「アジアン セレブレイション」

ピッコロタウン 2013/03/13(CD)
31枚めのシングルは「WANT!!」に続くK-POP調ディスコ歌謡。夏焼雅の「ハーイみなさんお元気?」の煽りでいきなり膝の後ろにガツンと食らったかと思ったら、Aメロのしゃくり上げ(歌詞との兼ね合いで歌いづらそうな人がいるのも味)に “チェッキュー” のかけ声、さらに “ちょこざい” “ちょっとシャイ” の死語混じりの押韻も加わって興奮度MAX以上! 純情ラブソング「世界で一番大切な人」、サビの3連が効いたトンチャイのカヴァー「I like a picnic」とカップリングもごきげんでもう完璧。(CDジャーナル2013年4月号)
(2010/06)
胸を打つメタルヘッズのメタなメタル語り



バンドTシャツに身を包み、組んでもいない自分のバンドのロゴをノートに描いたり、友達と一緒にテレコでラジオDJごっこをしたり。話題は好きなバンド一色で、当然女の子にはモテないから、メタル的ミソジニー(女性嫌悪)で逆恨みを正当化し、多数派の美意識に背を向ける。映画や書籍に戯画化されるメタルヘッズ(ヘヴィ・メタル狂)の青春は、実にボンクラだ。しかし、その不器用さ、要領の悪さと無縁な青春を過ごした果報者がどれほどいるだろうか。方向性は違えど同レベルのボンクラだった俺にとって、メタルヘッズによるメタなメタル語りに触れることは、苦く、気持ちよく、温かい体験なのだ。
筆頭は映画化の噂もあるChuck Klostermanの Fargo Rock City: A Heavy Metal Odyssey in Rural North Dakota (Simon & Shuster, 2001)。1972年生まれの著者は、ガンズ&ロージズやモトリー・クルーなどのグラム・メタルを愛し、皮肉と諧謔の利いた筆致でメモワールと音楽批評を往来する。賭金を設定した “好きなアルバム・リスト” が楽しい。1971年生まれの英国人、Seb Hunterの Hell Bent for Leather: Confessions of a Heavy Metal Addict (Harper Perrenial, 2004) も似ているが、バンドで小成功した経験があるせいか、クロスターマンほど拗ねていない。サム・ダン監督のドキュメンタリー『メタル ヘッドバンガーズ・ジャーニー』(2005年)も、映画の制約上の限界はあるが、当事者によるメッセージとして胸に迫る。
メタルヘッズの語り口は、同類への共感と優しさに満ちている。俺自身もボンクラだったと先に書いたが、青春時代に “居場所のなさ” に悩んだ経験は多くの人にあるだろう。メタルヘッズは、メタルの反社会性ゆえかモテなさなゆえかは知らないが、その苦しみを尋常でなく濃密に、長期間にわたって経験したのではないか。彼らの語りの深い味わいは、逆境で育まれた知性の産物だからこそ、なのではないか。現時点での俺の仮説である。(CDジャーナル2010年7月号)
(2010/05)
マキタスポーツ『オトネタ』

DIWレコード 2010/04/23(CD)
マキタ学級での2作を経て初めてのソロ・アルバム。定評のある持ち芸「作詞作曲モノマネシリーズ」のレパートリーは、ミスチル、奥田民生、B'z、佐野元春(絶品)、エレカシ、岡村靖幸、サンボマスター……アコギの弾き語りだから伴奏には頼れない。フルチン勝負の気概と高いクォリティに笑うやら涙ぐむやら。“自分の声” で歌う「0点の音楽」を聴けば、音楽マニア諸兄姉にも “ネタのできるミュージシャン” という自称通りの 実力が伝わるはずである。タモリや清水ミチコにも比肩しうる至芸。文句なし。あとは売れるだけ!(CDジャーナル2010年6月号)
(2012/07)
マキタスポーツの「笑い」と「表現」

本欄でマキタスポーツを取り上げるのは3度め。恐縮です。でも最高なのだからしょうがない。
7月4日、赤坂・草月ホールで「第8回単独ライブ オトネタ4」を見てきた。今回は2年前、俺のコラムを読んで彼のCDを聴いてくれた泉麻人さんと一緒だ。
“日本一売れかけている芸人” をキャッチフレーズとしてきたマキタだが、昨今は『HEY! HEY! HEY!』『笑っていいとも!』などお茶の間にも進出中。冴えた批評性と卓越したスキルがタモリやダウンタウンを笑わせるのを見るのは痛快だ。彼らを尊敬するマキタの感慨はいかばかりか。その勢いを駆っての当夜である。耳の早い著名人の姿も、若い女性のお客も増えた。
長渕剛×YMOや尾崎豊×音頭のマッシュアップ、桑田佳祐、福山雅治、斉藤和義の作詞作曲ものまね、ヴィジュアル系楽曲の「十年目のプロポーズ」と同じ “J-POP解体新書” の方法論によるパロディ。尾崎豊が盗んだバイクの持ち主の視点から怒ったり、西野カナが会いたがる男の立場でビビったりする “アナザーストーリー” は、稀有な想像力が発揮された大好きなネタだ。
ネタ卸しライヴを含めてほとんど毎回見ている俺さえ初見のネタも交え、最後は彼が当たり役をもらった山下敦弘監督の映画『苦役列車』の挿入歌「俺はわるくない」で締めた。この曲、映画より先に5月のマキタ学級ライヴで聴いたのだが、そのときと同じことを俺は思っていた。
ロック輸入以降の “表現” という若干カッコよすぎる言葉がつきまとう大衆音楽を、身も蓋もない “芸能” として捉えて真っ裸にする視点が、マキタに俺が信頼を置く理由のひとつである。面白いのは、笑いのめしの果てに生まれるのが、彼個人の “表現” としか呼びようのないものであることだ。ミイラとりがミイラになった感がある。無論、いい意味で。
色気がある。感動がある。客を選ぶ知的エンタテインメントの枠を超え、ベタに回収される可能性さえ孕んだ “人間性” がある。笑いと涙は同時に出てくるものだ。マキタスポーツが放つオーラは、今や “売れかけている芸人” ではなく “愛されている人間” のそれであった。(月刊てりとりぃ2012年8月号)
(2015/08)
DALLJUB STEP CLUB

DALLJUB STEP CLUB(以下DSC)のライヴはすごい。本来ならコンピューターやサンプラーを駆使して作られるダンスミュージックのビートを、ステージ上での生演奏と機材の操作によって再現するどころかさらにダイナミックに展開する。GOTOはドラムを叩きながらリアルタイムでエフェクトをかけ、BENCH.が奏でるベースを星優太はどんどん歪めつつ自らの叫び声をループさせ、森心言はシンセでメロディを奏でながらラップでアジりまくる。4人全員が軽業師のようにマルチタスクをこなしつつ、あくまでユーモラスに、踊れる音楽を奏でるDSCは、とにかく理屈抜きにかっこいい。
結成は2012年。当時も今もメンバーはそれぞれ別のバンドでも活躍している。中学時代から一緒にやってきたGOTOとBENCH.が当時やっていたバンドを解散し、以前から仲のよかった星に声をかけたのが始まりだ。
「震災があって、俺も死ぬんだな、やりたいことやんないとやばいな、と思って、バンドやめますって言ったんです。それで今みたいなことをしたいと思ってBENCH.さんを誘い、星くんを誘い」(GOTO)
「僕はもともと機材を触るのが好きで、アイデアをいろいろ持ってたんで、前から音の作り方とかを相談されたりしてたんです。この二人は最強だってずっと言ってたんで、誘われてうれしかったし、めっちゃ気合い入りました」(星)
ベースミュージックを生演奏で──その発想には、実は音楽よりもお笑いの影響が大きいそうだ。
「藤井隆のネタで、動作を逆回しにしたりループしたりするのがあるんですよ。あれを見て面白い!って思って。音源を流せば完璧なんだけど、そうじゃなくて、その場でやってる面白さですね」(GOTO)
「とんねるずが好きなんですよ。スタッフを巻き込んで予想外なことをやるじゃないですか。ライヴではああいうことをやりたいんです」(星)
結成翌年、Alaska Jamなどで活躍する実力派ラッパー/シンガーの森心言が加わる。「シンセ弾かない?」と誘われ、未経験だったのに「面白え!」と加入したそうだ。華のある彼の存在はバンドの雰囲気をいっそうポップにした。
「他のバンドではメッセージを大事にして歌詞を書くんですけど、DSCではただ音楽的でいたいので、バンドの基盤にあるGOTOくんのドラムと相俟ってよくなるラップを心がけています。あとユーモアは絶対に忘れないように」(森)
「最近、機材がどうとか音が凄いとかよりも、ライブパフォーマンスのことを言われることが増えてきましたね」(BENCH.)
考えながら見る(僕みたいな)人じゃなく、素直に楽しむ観客が増えてきたのは、彼らの音楽が広がってきている証拠だろう。フィジカルに、エモーショナルに実験性を追求するDSCの身軽さは革新的。僕は彼らに日本の音楽の未来を担う可能性を見ている。(月刊宝島2015年10月号)
(2016/01)
吉澤嘉代子

吉澤嘉代子の2枚目のフル・アルバム『東京絶景』は、前作『箒星図鑑』で少女時代を総括した彼女が「日常の中の絶景」というテーマに挑んだ意欲作だ。表題曲の “野良猫が漁るゴミ棄て場に 額縁を嵌めてみる” という一節が思い浮かぶ。
「星が見えない空とかその場限りの会話とか、何の変哲もないものが思いや記憶によってこの上なくドラマチックな景色に変わる瞬間を、“絶景” として切り取りたいと思いました。たとえ美しい眺めじゃなくても、幸せじゃなくても」
〈泣き虫ジュゴン〉や〈ぶらんこ乗り〉に匹敵する名曲で、音源化を待望していたファンも多いと思われる表題曲は、幼馴染に贈ったもの。「彼女が上京して住んでいたアパートに泊まりに行ったときに窓から見た眺めだったり、ワンルームの天井や部屋に下着が干してある感じだったり、彼女の目を通して東京を感じた気がして」書いたという。ちなみに〈ユキカ〉はその幼馴染の名前から曲名をもらっている。
アルバム全体に魔法や魔女という言葉が頻出し、子供のころ魔女修行をしていた逸話を知る者としては彼女が魔女ならぬ人間として大人になることを引き受けたドラマを読み込んでしまう。吉澤いわくそうした曲は「個人的な思いのある曲が多い」そうで、中でも冒頭を飾る〈movie〉は12曲の中で最新、かつ特別な思いのある曲だという。
「魔女修行のお伴をしてくれていた犬のウィンディがおととし病気になって、余命1カ月って言われたんです。ウィンディが死んだら自分の中の何かが一緒に死んでしまうと思ったので、どうしても死なないでほしくて毎日お願いをしていたんですね。結果、10カ月くらい生き延びたんですけど、どんどん体が弱っていって、わたしが引き止めてしまっているって罪悪感もありました。ある日、誰もいないリビングで、ウィンディがうちに来てからのことを丁寧に順を追って話して “ウィンディ大丈夫だよ” って言ったら、その数時間後に亡くなったんです。そのとき、最初で最後の魔法っていうか、魔女修行の成果が一度だけ出たなって勝手に思って。サビの歌詞が1、2番は “新しい” なのが最後だけ “懐かしい” になっているのは、今まで見守ってくれていた誰かの眼差しが自分の眼差しに変わり、次は自分の大切なものに向けられるというつながりを書こうと思ったからです」
歌唱も進境著しい。もともとうまい歌手だが、とりわけ彼女自身も気に入っているという〈胃〉のべとつかない情感や〈ガリ〉の飛び跳ねるような快活さは特筆もので、パフォーマーとしての成長も感じられるアルバムなのである。
「ほぼ1年前に録った〈東京絶景〉と最近録った曲では歌い方が確実に変わっていますね。具体的に言うと、艶やかな成分が抑えられて、ポッと出した声で歌っているように聞こえる。〈化粧落とし〉みたいな芝居がかった歌い方に振り切って一周回って元に戻ったようで、対極を経由しているから実は違う、みたいな。曲に関しては “このときしか作れない” というお話はあまり信じないんですけど、歌に関してはやっぱり体を使うものなので、そのときだけの歌が生まれます。以前はこういうふうに歌いたいのにできない、みたいなことがすごくあったんですけど、少しだけ “あれ? できるようになった!” って思うことが増えました。その分、できなくなったこともいっぱいあるんですけどね」(CDジャーナル2016年3月号)
(2017/05)
City Your City『N/S』

術ノ穴 2017/05/10(CD、配信)
シンガーのk-overとトラックメーカーのTPSOUNDによるデュオ、1年半にわたって配信してきたシングル4曲を含む待望のアルバム。プログレッシヴでアブストラクトなトラックに、ソウルフルなハイ・トーンのヴォーカルという、ウィークエンドやミゲルやシドなどのPBR&B勢に通じる組み合わせだが、歌詞が演歌にも通じる女唄というのが天才的発明だ。新旧と和洋が入り混じった陰のメロウネスが癖になる。初めて聴いたときの衝撃が忘れられない「choice」、City Your Cityなりのポップ「shikaku」など珠 玉の10曲。(CDジャーナル2017年6月号)
(2017/10)
半田健人

1960~70年代の歌謡曲を聴く耳も、その魅力を語る口吻も抜群だが、それだけではない。前作『せんちめんたる』(2014年)で匂い立つような歌謡世界を平成の世に問い、好事家を震撼させたアーティスト半田健人が、昨年のシングル〈十年ロマンス〉から1年、いよいよメジャー・デビュー・アルバムを完成させた。
作詞、作曲から編曲、ヴォーカル、コーラス、すべての楽器の演奏、打ち込み、ミックスまで自らこなした、全編宅録による全16曲(1曲は『仮面ライダーファイズ』主題歌のカヴァー)。趣味として録りためていたデモを聴いた担当ディレクターに口説かれ、長い説得を経て世に出ることになった『HOMEMADE』について、半田に聞いた。
「抵抗はありました。最初は抵抗しかなかったくらい(笑)。というのも、アルバムとはいついつまでに作りましょうという明確な目標を立ててそれに向けて録っていくものだ、という固定観念があったので、すでにあるものを〝使えるから入れる〟という発想はどうなんだと。それを払拭したのは、君にとっては既存曲かもしれないが、それを作っていなかったらこの企画はなかった、とディレクターに言われたことでした。そうか、作り置きと思ってるのは自分だけであって、あったからこそのこの話なんだな、というふうに、自分の中で昇華されたんですね。もちろんすべて既存曲だと芸がないので、書き下ろしたり歌を入れ直したり、ベストなものを集約して、ギリギリの統一感を目指した感じですね」
オリジナル15曲すべてが “見事な再現度だが何を再現しているのか特定しにくい” という絶妙なラインで成立しており、そこが強烈なオリジナリティになっている。例えば東海道新幹線の車中で目にした光景をそのまま描いたという〈どすこい超特急〉のように、メロディや歌唱は昭和30年代っぽいが編曲は50年代っぽい、というような、歌謡曲の枠内での混線というか幅は、現代ならでは、後追い世代ならではの味といえる。
「僕は実はオリジナリティよりも、自分の好きなことが明確であることのほうが大事だと思ってるんです。俺はこれが好きなんだ、この師匠になりたい、という明確なものさえ持っていれば、どっちみち同じにはならないです。僕は作曲、編曲に関しては都倉俊一さんを超える人はいないと思っていますけど、都倉さんっぽい曲はそんなにない。長年勉強してきたから、これは都倉フレーズだよな、というのが不意に湧いてきたり、引き出しになったりはしてますけど。気をつけなきゃいけないのは、オリジナルと思っていたのが都倉フレーズだった、みたいな無意識パクリですね(笑)。例えば〈箱根に一泊〉は、尊敬する芹澤廣明さんみたいな曲を作ろうと思ったんですが、けっこうギリギリなフレーズも出てきます。芹澤さんがチェッカーズに曲を書いていらしたころに、チェッカーズ以外に書いた感じ。会いに行って “お願いできますか、うちの新人” “あ、ちょっと待ってね” と話をして、作ってくれるのかと思いきや譜面を出してきて “これなんかどうかな?” “あ、ありがとうございます……書き下ろしじゃないんだ” みたいな」
圧巻の想像力、いや妄想力である。〈裁かれる者たちへ〉は「72年ぐらいの初期都倉サウンド」を目指し、「ドラム田中清司、ベース武部秀明、ギター水谷公生、パーカッションはラリー須永、鍵盤は飯吉馨」とミュージシャンも想定し、各々から彼なりに継承したスタイルで演奏したという。それを全部ひとりでやっているのが驚愕もので、職業作家が結集して作り上げた、洗練された “商品” としての歌謡曲を、ひとり多重録音でリモデルしているわけだ。これが斬新でなくて何だろう。
「そこはちょっと自負してますね。歌謡曲マニアとしては上には上がいらっしゃいますけど、知識と創作が両立している人って実はあまりいないので。僕は小学校高学年で歌謡曲を聴き始めたころから “こういうものを作れるようになりたい” とずっと思ってて、新しいレコードを買ってきて聴くにしても、いかにしてこれを自分で作れるようになるか、という聴き方しかしてこなかったんです。娯楽として成立してないんですよ。すごく頭を使う音楽っていうのかな、僕にとっては(笑)。最近ですよ、リラックスして聴けるようになったのは。誰が作ったかわからないと聴けなかった時期もありますから。今は一歩上をいって、聴けば誰かわかるので、もう気にしませんけど」
編曲も音色も演奏も音質も、細部に至るまで “俺の好きなもの” にこだわり抜いた、昭和歌謡ならぬ “半田歌謡” だが、なんだかんだで不意に耳に飛び込んでくる歌詞がもっとも強く記憶に残ったりする。そこが正しく歌謡曲的、とは言えないだろうか。
「それを言ってもらうのはうれしいかもしれないです。僕もいろいろ講釈垂れてますけど、最終的にはメロと歌詞だと思っているので、歌謡曲というのは。それがないがしろにされたものとか、ヴォーカルがいい加減だったり魅力がないものは、望ましくないですよね。馬飼野俊一先生が仰っていたんですが、歌謡曲の編曲というのは、料亭よりも国道沿いのラーメン屋や牛丼屋のようなものじゃないといけない、入りやすさがいちばん大事で、いくらよくできていても敷居の高いものは要らないんだ、と。味つけはわかりやすく、濃いんだったら濃い、甘いんだったら甘い。洋楽志向の人には少々ダサい──って言うと語弊があるかもしれませんけど──要素が大事なんですが、結局それって歌のためなんですよね。ドラムがオカズばかり目立つのも、カッティング・ギターのヴォリュームがもったいないぐらい絞られているのも、すべては歌を生かすためであって、最終的にはメロと歌詞がよくないといけないんです」
(ミュージック・マガジン2017年1月号)
(2016/10)
『プリンス フィルムズ ブルーレイ メモリアル・エディション』

ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント 2016/10/19(ブルーレイ)
プリンスがその音楽的絶頂期とほぼ重なる1984〜1990年にワーナー・ブラザーズに残した主演映画3本が初めてブルーレイ化され、10月19日に単品と3枚組のボックス・セットでリリースされる。正直、映像や音がきれいになったからといってそう印象が変わるような映画でもない気はするけれど、あらためて見直してみると発見もあるし、実際、初見時より楽しめる部分もあった。
●パープル・レイン
言うまでもなく出色なのは『パープル・レイン』だ。1984年7月に公開され、全米で6840万ドル、世界では8000万ドル超の興収を上げ、アカデミー賞(ベスト・オリジナル・ソング・スコア)も受賞した、音楽映画史に残る傑作である。
2年前のアルバム『1999』でブレイクしたプリンスが、いよいよメインストリームに殴り込みをかけるべく構想した、自伝的要素を含む若きミュージシャンのサクセス・ストーリー。舞台はミネアポリスだし、プリンス扮するキッドが率いるザ・レヴォリューションとモーリス・デイのザ・タイムがバトルを繰り広げるクラブは実際に彼らが出演していたファースト・アヴェニュー。バンド・メンバーたちは実名で自分自身のキャラクターを演じている。
本作が初監督作だったアルバート・マグノーリの述懐によると、当初のプロジェクトは予算100万ドルの自主製作。マネジャーがワーナーに売り込みに行くと、重役たちはキッド役にジョン・トラヴォルタを推薦したが、マグノーリは「ミネアポリスのミュージシャンたちが自身を演じることに意味がある」と断固拒否した。結局、ワーナーは彼の言い分を呑んで700万ドルを出資し、内容には口を出さなかったという。グッジョブ、アルバート。
プリンスと監督がヴィジョンを共有し、密にコミュニケーションをとりながら作った映画であることがわかる。ストーリーの骨格は類型的な青春映画だが、肉づけがうまい。キッドと彼の機能不全家族、特にDVの父親との関係は社会性とシリアスな影を付加し、恋人アポロニアとの初デートでの「ここはミネトンカ湖じゃないよ」やモーリスとジェローム・ベントンの合言葉をめぐるやりとりなど、ユーモアも効いている。プライドが高くて無愛想だが、いたずら好きで実は熱血なキッドのキャラクターは、とてもチャーミングだ。間違いなく殿下自身の人柄を踏まえた造型のはず。現代の目には古色蒼然として見えるひどいミソジニーが気になるが、当時の標準ってこんなものだったんだろうか。
なんといっても素晴らしいのは演奏シーン。当て振りではあるが、プリンスとバンドのパフォーマンスにはリアルなエモーションとパワーが宿っている。大ヒットした「レッツ・ゴー・クレイジー」や感動的な「パープル・レイン」、勢い満点の「アイ・ウッド・ダイ・4・U」〜「ベイビー・アイム・ア・スター」はもちろんだが、圧巻なのはキッドが恋人のアポロニアに愛を告げる「ビューティフル・ワン」。誰も気づかないのに彼女だけが歌詞の真意を察知して涙する描写がいい。本作で流れる曲は100曲以上のデモからマグノーリ監督が選んだという。
結果的に全米ボックス・オフィスのトップに君臨し、プリンスを世界的スーパースターの座に押し上げた『パープル・レイン』だが、撮影中の彼らはそんな近未来など知るよしもなく、ひたむきに映画作りに取り組んだはずだ。プリンスも初めて、監督も初めて。「何がなんでも成功してやる」というチームの意欲が、当て振りに魂を吹き込んだ。ビギナーズ・ラックと言われればそうかもしれないが、ただのラッキー・パンチではなかったのだ。
●アンダー・ザ・チェリー・ムーン
プリンス映画第2弾にして初監督作『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』は、1986年7月というミュージシャンとしての彼の黄金期に公開されたにもかかわらず大コケ。駄作の評価も定まって久しいが、僕は嫌いじゃない。というかむしろ積極的に好きだ。松本人志の『大日本人』が好きなのと同じ意味合いで。
プリンスの役柄は巧言令色とピアノが得意なジゴロのクリストファー。ジェローム・ベントン扮する相棒のトリッキーとともに、フランスの避暑地で金持ちの婦人を誑かして愉快な暮らしを送っていたが、財産目当てに接近したじゃじゃ馬令嬢のメアリーにマジ惚れしてしまう。身分違いの恋に燃えるふたり。だが、それは悲劇の始まりでもあった――と、お話はハーレクイン・ロマンスばりのベタベタな悲恋劇なのだが、少なくともプリンスの音楽だけでなく(伝え聞くところの)人柄を愛するファンなら間違いなく楽しめるはずだ。
マドンナの「ボーダーライン」や「ライク・ア・ヴァージン」など多くのPVを監督したメアリー・ランバートの映画デビュー作になるはずだったが、方向性の違いで降板し、プリンスが自らメガホンを執った。脚本はこなれているし、映像はきれいだし、何よりプリンス自身が楽しそうなのがいい。クルッとターンして「鏡よ鏡、世界でいちばんセクシーなのは誰?」と言いながら髪を撫でつけたり、愛に殉じる覚悟を語ったり、銃撃されて恋人の腕の中で死んだりと、陶酔が似合う彼の個性にぴったりの愛らしいシーン満載だ。「わたしと逃げて。数時間だけ」と言われれば「永遠に」と返し、「愛してる?」と問われれば「確かめてみよう」とはぐらかす。基本的に相手の質問に正面から答えない不思議ちゃん。お風呂で被っている帽子(!)もかわいい。色っぽいぜ、クリストファー。
ヒロインを演じたクリスティン・スコット・トーマスは、後に『フォー・ウェディング』や『イングリッシュ・ペイシェント』で映画賞を多数受賞したイギリス出身の名女優で、これがデビュー作。どうやら加齢とともに魅力を増すタイプだったらしい。プリンスは当時の恋人スザンナ・メルヴォイン(レヴォリューションのギタリスト、ウェンディの双子の姉妹)をヒロインにしようとしたそうだが、演技経験ゼロなので当然かなわなかった。
サントラ盤『パレード』はご存じの通り大傑作なのだが、音楽が素晴らしいのに演奏シーンが少ないのも失敗の理由のひとつかもしれない。しかし、時代を特定しがたい幻想的な「むかしむかし」を舞台に現代的な音楽を配した擬古調のミュージカル映画といえば、バズ・ラーマンの『ロミオ+ジュリエット』や『ムーラン・ルージュ』にも通じる。この2本があれだけ評価されたのだから、本作も少しでいいから名誉回復させてあげてもらえないだろうか。
●グラフィティ・ブリッジ
3作目にして最後のプリンス映画となった『グラフィティ・ブリッジ』は、キッドとモーリスが帰ってきた『パープル・レイン』のゆるい続編。1990年11月に公開されたが、またしても興業的にも批評的にも大コケ。プリンスも懲りたのかもしれない。日本では劇場公開されず、ソフトも2004年まで販売されなかった。
舞台は再びミネアポリス。セヴン・コーナーズ地区を牛耳るべくカネに物を言わせて横暴を働くクラブ・オーナーのモーリスに、自分の店を守ろうと精神性で立ち向かうキッド。孤独な彼のもとにオーラという不思議な女性が現れ、ポエムと信心で力を与える。ジョージ・クリントンとメイヴィス・ステイプルズの両ベテランに、天才少年テヴィン・キャンベルも登場する。
ミュージカル映画への回帰はいいとして、いかんせん全編を貫いてしまうチャチさは脚本や編集の厳しさに加えてセット撮影のせいもあろう。大事なキー・ヴィジュアルである「らくがき橋」のショボさ。演奏シーンはそれなりに楽しめるものの、やはり『パープル・レイン』の冴えとは比べるべくもない。ユーモアのキレも落ちている。やはり脚本くらいは(本当は監督も)他人に委ねたほうがよかったのではないか。コミュニケーションが得意ではなかったというプリンスだが、音楽においても、他者とガッチリ組んだときにこそ傑作が生まれる傾向があったと思う。
ヒロインのオーラを演じるイングリッド・チャベスは当時のプリンスの恋人だが、いかにも地味で華がない。オーラの造型は詩人である彼女を生かしたものだが、そのポエムも……。『パープル・レイン』でも最初に出そうとしていたヴァニティにふられ、オーディションの結果アポロニアが起用されたわけだし、『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』のスザンナの件といい、自ら主演する映画にカノジョを出したがるプリンスの “癖” は一貫している。
もうひとつ3本の映画に一貫していることがある。それは、物質的豊かさに対する精神の優位性(カネより真心)、自由、独立、自律を訴えるメッセージだ。プリンスはこの点ではいかなる活動においても終生ブレなかった。大資本相手であろうと一歩も引かず、媚びることなく個人の尊厳を貫き、筋を通そうとする。そんな彼の価値観への共鳴がベースにあるから、それが音楽と同じく明確に感じ取れるかぎり、出来にデコボコはあっても僕はプリンス映画を嫌いにはなれない。映画もまたプリンスという人間の正直な創造物なのだ。(レコード・コレクターズ2016年11月号)
(2018/04)
大森洋平『強烈なハッピーエンド』

Kamuy Record 2018/04/11(CD、配信)
1996年にデビューしたシンガー・ソングライター、6年ぶりのアルバム。詞も曲もよく練られ、歌は力強く、編曲の幅とバランスも絶妙。オーソドックスだが、あらゆる構成要素に力を感じる。さすが20年選手だ。19歳の少年は41歳の中年になり、体力は落ち白髪も増えたろうが、“何処にもいけやしないよ なによりも大事なもの 置き去りにしたままじゃ”(「ONE」)の一節には重みを、“